パリ五輪ではパリ市内や郊外の既存施設が活用されると紹介したが、それに伴う交通規制はどうなっているのだろうか。
道路
7月15日(月)より、パリとその近郊のオリンピック会場を結ぶ185kmの「パリ2024」専用車線が供用されている。選手団、代表団、緊急車両、警備車両、タクシー(ウーバーなどの配車サービスは除く)、公共交通機関など許可された車両のみが利用できる。これらの専用コースは、パラリンピック終了数日後の9月11日まで適用される。
道路標示によって区別されるこのレーンを許可なく使用した場合、135ユーロの罰金が科せられる。見分け方として、オリンピックレーンを警告する特別な道路標識が設置されており、大会ロゴの入った静的な標識だけでなく、照明付きの標識や道路標示もあるが、設定された当初は「運転していると見逃しやすいし、代替えルートとしてどの道路に行けばよいのか分からない」という不満の声をメディアは紹介していた。
しかしこれら郊外に伸びる道路の使用禁止令よりも、現在議論の対象になっているのが開会式に向けたセーヌ河畔エリアへのアクセス禁止令である。
7月18日(木)から、パリ五輪の開会式のための警備強化のために、セーヌ川沿いの道路で大規模な立ち入り制限が始まった。セーヌ川沿いとパリ中心部、直径にしておよそ10キロがアクセス制限の対象エリアで、警備がもっとも厳しいセーヌ川沿いのテロ対策ゾーン(SILT/Sécurité intérieure et lutte contre le terrorisme(シルト、テロ対策区域)下図のグレーゾーン)に立ち入るためには、住民も就労者も観光客も、あらかじめダウンロードした許可証(QRコード)と身分証を提示する必要がある。「QRコードは、オリンピックおよび/またはパラリンピックの全期間(居住者、専門家、配達員など)をカバーすることもできるし、特定の利用者(ビジター、短期滞在者)のために単発で発行されることもあり、デジタル技術を利用することが困難な人のために、市は専用システムを提供します」。とパリ市役所サイトでは紹介している。しかし、筆者もこの地区内に居住地がある親戚宅に宿泊するという設定でQRコードをネットで申請してみたが、なかなか手続きは細かくて大変である。そして、観光ゾーンに入れない、入ったとしても街路の至るところにバリケードがありカフェやレストランのテラスでの食事も魅力が激変し、7月18日以降グレーゾーンの店舗はのきなみ売上率の低下を訴えており、7月26日の開会式まで閉店する店舗を出る事態になっている。
グレーゾーン=立ち入りがもっとも厳しく制限されているエリア。ピンクゾーン=一般車両通行止め。自転車、歩行者は許可証が不要。いずれも7月26日13時まで適用。ブルーライン=通行可能な橋梁。レッドライン=パリ五輪用橋梁。原典・パリ警視庁サイト https://cdn.paris.fr/paris/2024/04/26/original-5ffbdb331a2089df7885f5dd779a3f46.jpg
自転車で
自動車移動に対して優遇されているのが、自転車移動である。もともとパリ市内では2015年以来、自転車専用道路の整備に力を入れており、次回市長選挙がある2026年までには市内に1093㎞の自転車専用道路が整備される予定である。道路上にペンキを塗っただけのレーンではなく、自動車道路との間に分離帯を設けた専用レーンが一般的である。五輪中は自転車利用者は大会カラーに彩られた既存の車線を利用することも、50kmに及ぶ新しい車線を利用することもできる。パリ市のコミュニティサイクルであるヴェリブのセルフサービスレンタサイクルを利用する人のために、新たに3,000台の自転車が追加される。また、メイン会場の一つであるパリ の北にあるスタッド・ド・フランスを中心に、巨大な自転車専用臨時ステーションが設置され、競技会場周辺に10,000台の駐車スペースが設置される。大会終了後、これらの駐車スペースはスポーツセンター、学校、自治体の施設に再配分される。
公共交通
公共交通に関しては、一般市民も観光客もパリ五輪中閉鎖されるメトロの駅のチェックとその再開日のカレンダーをチェックする必要がある。こちらも期間を細かく5つに分けている。①仮設競技会場が設置される5月17日から7月17日まで;②7月18日から25日まで、セーヌ河岸と橋の上で開会式の準備;③7月26日、オリンピック開会式;④7月27日から9月8日まで、オリンピックとパラリンピックの期間中;⑤9月2日から、地下鉄の駅が順次再開される。これだけ期間が細かく分かれていると、閉鎖駅をチェックするのも大変だ。5月以降にパリを旅行された方は、メトロ車両内に五輪中閉鎖される駅のマップがすでに貼られていたことに気づかれただろう。
公共交通に関して一番話題になったのは料金対策である。メトロ運賃が大会中は2倍になると報道されたが、日常的に公共交通を利用しているパリを含むイルドフランス州の住民はNAVIGOとよばれる定期券を持っている。勤務先が提供する通勤定期券が無いフランスでは、就労者は自分でNAVIGOを購入するが(現在約500万人が所有している)、自動車通勤からの転用の場合はその運賃の半額を雇用者が負担することが法律で制定されている。また、公共交通を管轄・運営、するのは地方公共団体であるイルドフランス州政府であり、元来NAVIGOの料金設定は日本の運賃と比較にならないくらい定額に設定してある。1か月86,40ユーロでパリ市内からシャルルドゴール空港までの距離のすべての公共交通(メトロ、バス、LRT、地下高速鉄道RER)乗り放題であり、18歳以下は無料、62歳以上は半額である。このような公共交通の背景を知ることなく、[パリ五輪の間の運賃2倍]だけが大きくクローズアップされるのは残念でもある。
ただし、イルドフランス州の住民でも定期券を持たずに、7月20日から2024年9月8日までの間にチケットを購入すると、運賃値上げの影響を受ける(1時間有効の切符が2,15ユーロから4ユーロになる)。これを避けるための方法も、交通事業者(イルドフランスモビリティ)のサイトでは詳しく説明している。
- たまにしか地下鉄やバスを利用しない場合、運賃値上げを回避する2つの方法
①パリ市内のメトロ、LRT、バス、RER/電車を利用する場合、「Liberté+シーズン」チケットは無料。1回の利用につき1.73ユーロが翌月にまとめて口座から引き落とされる。
②2024年7月20日までに、Navigo Easyパスまたはスマートフォンで、1枚あたり2.15ユーロ(または10枚綴り1冊あたり17.35ユーロ)で乗車券をあらかじめ購入しておく。パスは30回まで保存可能。Navigo Easyパスの購入には2ユーロ必要で、チャージ式カードになっている。駅や切符売り場、または認可された販売店(書店、新聞販売店、タバコ屋)で購入できる。電車やRERで郊外へ行く予定がある場合にも、料金の高騰を避けるため、2024年7月20日までに発着地のチケットを購入しておく。ただし、2024年パリ五輪大会ボランティアは、2024年パリ大会の期間中、フリーパスが利用できる。これらについても非常に細かい案内を、イルドフランス州の交通管理者であるイルドフランスモビリティや政府のサイトでも行っている。https://anticiperlesjeux.gouv.fr/ この他に、パリ五輪の観光客のために「パリ2024パス」を用意している。1日16ユーロ(2012年ロンドン大会の1日パスは23ユーロ)で、その料金は日数が伸びるほどお得になるスライド制で、1日16ユーロ;2日間30ユーロ;3日間42ユーロ;4日間52ユーロ;5日間60ユーロ;7日間70ユーロ;14日間で140ユーロとなっている。パリ地区内のすべての競技会場、オルリー空港、ロワシー・シャルル・ド・ゴール空港に無制限でアクセスできる。
公共交通負担増加分は宿泊税値上げでまかなう
五輪の間は公共交通のサービスも増強されるが(夏のバカンス中の出勤を要請される就労者たちが様々な要求を掲げてストを行うのもフランスらしい)、2024年度の財政法で、国はイルドフランスモビリテのために宿泊税に新たな加算税を導入することを認めた。これは観光税の200%に相当し、パリおよびイルドフランス州の自治体に適用される。つまり、3つ星ホテルで宿泊税が今まで1,6ユーロ(一人一泊)が5,2ユーロになる。(単純に掛け算ができないのは、宿泊税には県や州の分担などがあり、200%が適用されるのは州税のみであるため。)かねがね、フランスは法と税の国であると思っているが、今回のパリ五輪の様々な対応(道路規制や宿泊税変更の明文化、罰則要項の設定、税の徴収の法制化など)でも良くそれが読み取れる。
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