- さて、合意形成のステップ2は「公的審査」である。公的審査は1810年から存在する古い歴史を持ち、かつては公共プロジェクト策定において、市民への情報開示が行われる『唯一』の機会でもあった。 しかし、それではもうほとんど計画が決まっていて、「市民の声がより反映やすい機会を設ける」という時代の流れに沿って設定されたのが、全頁 https://www.fujii.fr/?p=2645 で紹介した『事前協議』だと考えればよい。(2003年に都市計画法でさらに明文化された。)
- 1983年には「企画の公共性への市民の理解を進める為に、自治体からの情報提供、市民からの意見徴収プロセス」を法律が制定 し、公的審査はDUP【用地買収を可能にする公益性宣言】を取得するための最後のステップとなった。公的審査を行う目的の一つである、POS【土地利用計画】との整合性、河川、水、森林などの自然環境保護に関する法例との整合性をチェックも重要な案件だ。
「事前協議」との大きな相違は、中立的な立場にある審査員から構成される委員会が主導することで、この委員会の活動は『審査経緯(どのような提案、反対意見、要望があったか)を紹介する報告書の作成』と、『審査員個人としての見解を述べる意見書の提出』が基本とされる。
【写真下・2013年11月に開通するストラスブール初のBRT計画で行われた公的審査のパンフレット。2012年の9月から11月が審査期間。『公的審査とは何か』『なぜ行うのか』というところから市民に説明している。事前協議の結果をふまえて、市役所側が最終的に策定したBRT計画の内容を詳細に紹介。他の交通手段との整合性の説明にもページを割いている。最後に市民の記帳案内、公開討論会などの情報を記載。写真をふんだんに掲載した全部で16ページの資料】
「公的審査」期間に実施される情報開示では非常に具体的な内容に言及しているが、審査員は企画の内容の資質を判断することが任務ではない。「プロジェクトに対する質問があったときに、的確な答えが自治体から市民に与えられているかどうか」を保証するのが仕事だ。
審査員は行政裁判所が建築家、一般市民、大学関係者などから選出するが、専門的な知識が必要でかつ300から500ページにのぼる膨大な報告書を記載する必要があるので、現職の仕事を持たない定年退職者が任命されることが多い。ただし利害の対決を避けるために、プロジェクトの沿岸住民は選択肢に入らない。またこの仕事には報酬が伴う。
【写真下・150ページに及ぶ『公的審査委員会のレポート』の表紙。この他に市民からのすべての意見、質問等を記録した130ページの報告書など複数の報告書がある】
たかが、といっては失礼だが、たった5Kmのバス路線開設にこれだけの広報や合意形成の手間隙をかけているのは驚異的にみえる。総工費はバス車体を含めて約3000万ユーロ(約40億円)。ストラスブール都市共同体の全体予算約1500億円に比較しても、市の経済の土台をゆるがすような大プロジェクトではない。しかもここで例に挙げているBRT計画に関しては、土地収用の必要がないので知事にDUP【公益宣言】を申請する必要もない。合意形成の後は、プロジェクト案を議会で承認して2013年から工事が始まった。 (https://www.fujii.fr/?p=2395 を参照してください)
【写真下・公的審査委員会レポートの内容から。鳥瞰写真、断面図、平面図で土地利用を説明。計画導入前と後の変化が分かりやすい。日本ならコンサルタント会社が作成するような報告書だが、『土地利用計画との整合性のチェック』『計画の経済的・社会的インパクト』及び『環境調査』に多くの頁がさかれている。】
「事前協議」ではむしろ住民への情報開示、「公的審査」では住民からの意見の聞き取りと意見交換に具体的な活動の重点が置かれる。討論会形式の住民公聴会などの主催に市役所が力を入れるのもこの段階である。公聴会などにおける市民と自治体とのやり取り、聴取された意見などすべてが報告書に記載され、ネットでの閲覧が可能だ。そして、住民集会で「十分に意見が交されていない」と審査員が判断した場合、審査員は集会開催を再度自治体に要求できる。
LRT導入に関しての現在の課題には、ストラスブール市役所によると以下の2つが挙げられる。
1.最近では政治的な判断から反対されるケースがあるので合意形成も難 しくなってきたが、自治体の方もノウハウを身につけてきたので、反対者が「純粋に情報が少なくて不安で反対」なのか、「裏に政治的グループが控えてい る」のか、の判断がつくようになってきたので、対処は出来るようになった。
2.これだけ丁寧に合意形成を行っても、トラムが走る沿岸住民の一人ひとりにとっては始めてのことなので、やはり同じように丁寧に合意形成を進める必要がある。
最後に市役所の人が述べた言葉を紹介したい。「『合意形成』に成功するために一番大切な点は、「都市交通計画が、社会に何をもたらすか?」を明確に市民に説明すること。150億円もかけるようなプロジェクトに、どんな社会的効果性があり、 社会に一体何をもたらすことをできるか?」
市役所の人は、「Valorisation Sociale」という表現を使ったが、単なる費用対効果ではなくてもっと広い意味での『社会の価値』と言ってもよい。
「投資に見合う効果として、『車が減り環境が改善する。汚染がない。 歩く機会が増えて、病気が減る。福祉対策としてもすべての人に交通手段の提供。こういうことを具体的に教えてゆくのが一番大切な点である。そして、『車がなくなると、まちがどのように再構成されるのか、市民はどう動くようになるのか?』を分かりやすく説明する。それから 『何故自治体はこの交通企画をたてたか?その場合、 『なぜバスでなくてトラムなのか?』 自治体の策定計画に対する背景を説明する必要がある。それができれば、合意形成は成功したといえる。」
やはり、何事を起こすにしても計画のまず 「Mission・ 意義」を問うことから始めるお国柄がよくでている言葉だと思う。
【写真下・合意形成を中心としたヒヤリングをストラスブール市役所で行ったJIAM国際自治体文化研修所派遣の視察団の皆さんと・2013年9月】
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